エジプト旅行記−21

99年12月22日(水)−4

 いつものようにマホメットさんのアパートに出かけて、今日の一部始終を話す。結構騙されていない自信のあった博物館で買ったお土産を見せたところ、「それは、僕が買った場合の相場の4−5倍だ。おみやげは僕が連れていくまで、もう買わないように。」と言われてしまった。残念。政府の機関でもぼられてしまったようだ。やはり、エジプトは油断がならない。まあ、日本でも観光地でもこんなものかもしれないが、ショック。
 マホメットさんのお父さんの家で、またもパーティーをしている(ラマダーンの時期は、本当にパーティーが多いようだ)ということなので、マホメットさんの車でヘリオポリス連れていってもらった。前も書いたとおり、ヘリオポリスは高級住宅街で教育水準の高い人が多い。今度は別の本屋へ。「ここには、あると思うよ。」ということであったが、日本で言えば、文房具屋の一角に本があいてある程度。やはり、エジプトでガイドブックを手に入れるのは不可能のようだ。エジプト風の便せんとメモ帳を買って店を出た。

<−エジプト風メモ帳!

 マホメットさんのお父さんの家に到着。中にはすばらしい料理が用意してあるが、なにせ昨日の今日。お腹はすいているのに、食べる気が起きない。美味しいスープとジュースだけをもらって、お父さんやお父さんの弟と話をしていた。お父さんの弟もまた、軍人で世界中に赴任したらしい。
「以前、マレーシアに赴任しろといわれたときには、あんななんにもないところに行けるか拒否したが、現在ではエジプトよりも発展している。これは、今までの政治が適切でなかったからだろう。以前は、カイロにも信号機がたくさんあったのに、軍政府(現在のムバラクも軍人)がRelaxationを合い言葉に、廃止してしまった。エジプトには、disciplineが必要だ。そうすれば、よりよい方向に行くだろう。」
現在家族は米国に住んでおり、単身赴任の形でエジプトで働いている。エジプトが好きなのに、住めない歯がゆさを感じているようだ。

 私がガイド本をなくし、ラクダで騙されて、腹まで下してしまったことをマホメットさんが家族の人たちに話してくれたので、みんな心配してくれた。マホメットさんのお父さんによると「それだけ払えば、らくだが買えるよ。」とのこと(ちょっと大げさ)。同情も手伝ってか、トントン拍子に話が決まり、明日の午前中、マホメットさんのお父さんにギザのピラミッドを、土曜日にはお父さんの弟にシタデルを案内してもらえることになった。奥さんのお父さん(旅行会社を経営)には、ルクソール・アスワンの列車、宿の手配をしてあげるよ。とも言われた。(ただし、かなり高そう)どうやら、ようやく観光らしい観光ができそう。しかも、料理の残りを持って帰れた(エジプトでは、お客さんを呼ぶときには食べきれないだけ料理を作るのがエチケット)ので、明日の朝食にも困ることがない。ようやく、この旅行も軌道に乗り始めたのだろう。(カイロに到着して1週間)

 かなり苦労したがガイド本は手に入りそうもないので、日本から郵送してもらうことにした。エジプト時間午前1時(日本時間 朝8時)ならば、大丈夫だろうと電話をしてみたが、日本は休日。思いっきり、寝ているところを起こしてしまったみたい。(まことに申し訳ありませんでした。)
そういえば、もうそろそろクリスマスイブだが、カイロにはそんな雰囲気は全くない。さすがイスラム教の国。そんな催しには、まったく見向きもしていない。(わずかに、高級ホテルの中にクリスマスツリーがある程度)しかも、日本では年末の忙しい時期だと思うが、こちらは太陰暦で生活しているので、そんな雰囲気もない。単なる普通の一日である。(ラマダーンなので、お祭り気分ではあるのだろうが)曜日の感覚(こちらは、金曜が公休日)もなくなってしまったし、どっぷりとエジプトペースになってしまったようだ。


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