エジプト旅行記−23

99年12月23日(木)−2

 エジプト考古学博物館に行くのは、2度目である。前回見たからもういいよ。と半分思いながら、いつものように門をくぐった。(お父さんは、ここでもフリーパス)  一番正面にあるのは、古代エジプト文字解読のもととなったロゼッタストーン(同じ内容の文が、ヒエログリフ(古代エジプト神聖文字)、デモティック(民間で使われていた文字)、ギリシア語で書かれている)の拓本である。(本物は、大英博物館)思っていたよりもちっぽけなもので、この程度の量で解読ができたとは驚きだ。
 あらゆる展示物に対してお父さんが説明してくれるので、なかなか先に進まないし、今まで何気なく見過ごしてきた展示物にすばらしい価値があることがわかる。前回は入っただけで、実は何も見ていなかったようだ。1階と2階の間にグレクローマン(AD 1世紀頃)の彫刻が展示してあったが、これをみて"Modren one!"との説明。紀元前の歴史が長いので、紀元後は現代に入る感覚なのだ。日本では、まだ邪馬台国のさらにその昔なのに。全ての人形が、解剖学(どこにどんな筋肉が付いているか)の理解の上に彫刻しているものばかり。腹直筋や広背筋などが忠実に再現してある。

 2階に行くとツターンカーメンの秘宝が置いてある。ここも前回見たはずであるが、細かいところは何も見ていないようだ。携帯式のベッド(3段に折り畳んで持ち運びができるようになっている)、玉座、宝飾品など全てがすばらしいものばかりだ。紀元前14世紀にここまでの強大な権力をもっていたとは、本当に恐れ入る。しかもツターンカーメンは、18才の若さでなくなったもっとも弱小の王なのであるから、それ以外の王の秘宝が現代まで残っていたならば、どうなることか想像もつかない。
 もうそろそろ帰らなくては行けない時刻になって、駆け足で見始めた頃(入ってから40分くらい)、日本人の団体客がツターンカーメン王の棺のあたりに日本語ガイドに引き連れられ見学している。たぶん、入ったばかりなのだろうが、あまりにも時間がなさ過ぎる。ツアーで回るとこういうことになってしまうのだろうか。
 館員に追い立てられるように建物を出た。まだ時間は15時前。breakfastまでは時間があるので、車の中でお父さんと話をしていた。コーランは神の言葉なので、人間の取扱説明書(instruction)が書かれている。それを見れば、正しい生活の仕方がわかるらしい。イスラム教が一夫多妻制を取っており、どのようにすれば妻同士を嫉妬させずに過ごせるかもそこに書かれているとのこと。私も女性との接し方の秘訣も教えてもらったが、実践するのは難しい。。。。

 お父さんにアパートまで送ってもらい、しばらくボーとしてからマホメットさんの家まで行った。もうそろそろ、この生活もマンネリである。マホメットさんの家を19時頃出て、ルクソール行きの列車の切符を買う下調べをするために、ラムセス駅まで行く。時刻表を探すが、アラビア文字表記のものしかなく、外人がわかるようなものは何一つない。Information Deskなるものもあるが、とても聞けるような雰囲気ではない。困ってきょろきょろしていると、親切なツーリストポリスが話しかけてきてくれた。


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